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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)3095号 判決 1997年5月12日

両事件原告

木下智文

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

水野幹男

小島高志

小野万里子

平井宏和

甲事件被告

株式会社日本エルシーコンサルタンツ

右の最後の代表者代表取締役

亡 鬼頭孝一

乙事件被告

富国生命保険相互会社

右代表者代表取締役

小林喬

右訴訟代理人弁護士

楢原英太郎

主文

一  被告株式会社日本エルシーコンサルタンツは、原告木下智文に対し、金六一八万円、同木下和子、同成子直子及び同木下貴代各自に対し、各金二〇六万円並びに右各金員に対する平成五年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  被告富国生命保険相互会社は、株式会社日本エルシーコンサルタンツが同被告に対し、

1  別紙書類目録一記載の各書類を提出したときに、原告木下智文に対し、金六〇〇万円の、同木下和子、同成子直子及び同木下貴代各自に対し、各金二〇〇万円並びに右各金員に対する平成五年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を

2  別紙書類目録二記載の各書類を提出したときに、原告木下智文に対し、金一八万円の、同木下和子、同成子直子及び同木下貴代各自に対し、各金六万円並びに右各金員に対する平成五年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を

せよ(ただし、支払の限度は金一五三六万円である。)。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  甲事件の請求の趣旨

1  被告株式会社日本エルシーコンサルタンツは、原告木下智文に対し、金七六八万円、同木下和子、同成子直子及び同木下貴代各自に対し、金二五六万円並びに右各金員に対する平成五年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による各金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告株式会社日本エルシーコンサルタンツの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  甲事件の請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  乙事件の請求の趣旨

1  被告富国生命保険相互会社は、原告木下智文に対し、金七六八万円、同木下和子、同成子直子及び同木下貴代各自に対し、金二五六万円並びに右各金員に対する平成七年二月二一日から各支払済みまで年六分の割合による各金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告富国生命保険相互会社の負担とする。

3  仮執行の宣言

四  乙事件の請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  木下登志美(昭和一四年一〇月四日生、以下「登志美」という。)は、甲事件被告株式会社エルシーコンサルタンツ(以下「被告会社」という。)に雇用されて、設計計算等の業務に従事していた。

2  被告会社は、相互会社である乙事件被告富国生命保険相互会社(以下「被告富国」という。)との間において、平成元年一〇月一日別紙保険契約目録記載の定期生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。登志美は、その被保険者となることについての同意(以下「本件同意」という。)をした。

3  登志美と被告会社は、平成元年九月一三日本件保険契約締結に先立ち「生命保険契約付保に関する規定」と題する文書(甲第一号証の二、丙第二号証。以下「付保規定文書」という。)により、1「被告会社は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員に対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて、従業員を被保険者とし、被告会社を保険受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。」2「この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払に充当するものとする。」3「この規定に基づき生命保険契約を締結するに際して、被告会社は、被保険者となる者の同意を確認する。」との合意(以下「付保規定合意」という。)をした。

4(一)  付保規定合意は、保険目的を達成し、すなわち、保険金が確実に従業員の福祉に用いられるようにし、目的からの逸脱を防止するため、すなわち、企業利得の確保等の射倖的、反道徳的行為を抑止するため、保険契約成立段階での規制を行っている。この合意は、本件保険契約に係る制度の目的、正当性とその限度とを表明し、また、その処理、運用にも制限を加えている。付保規定合意は、本件保険契約の締結と一体となって、被告会社と登志美との間においてされた保険金に関する合意であるから、その解釈は、保険契約上の解釈としてされなければならない。

その一項は、本件保険契約の目的と企業の保険契約締結権限の淵源を定める。第一に、死亡退職金又は弔慰金が支払われることを前提とすることで保険目的の有用性と正当性を確保する。第二に、被保険者と契約者及び受取人とが同一人でない場合の企業の保険契約締結権限が、この条項によって発生する体裁をとる。その権限は、被保険者の意思にかかるものとされ、右文書によって付与される。第三に、保険契約者となる企業の利得は、保険目的とされていない。

その二項は、明確に、保険金(の全部又は相当部分)を、退職金又は弔慰金として、従業員に支払うべき業務を定めている。保険金について、企業の自由な利用、処分を許さず、使途に制度を課すのである。こうしておかなければ、資金繰りに苦しむ企業が保険金を受け取って別の使途に流用し、従業員等に退職金を支払わないという事態の起こるおそれがあり、保険の目的を達し得なくなるであろう。

その三項は、個別的契約を締結する際には、当該保険契約に対する従業員の同意の意思を確認する義務を定める。従業員は、この同意手続を通じて個別の保険契約内容を統制する余地が生まれる。

(二)  右のとおり被告会社の本件保険契約締結権限は、付保規定合意の一項により付与されたものであり、他方、被告富国は、本件保険契約締結に先立ち付保規定文書を入手している。登志美は、本件保険契約に基づく保険金、給付金が同人及びその遺族の福利厚生に充てられることを前提として付保規定合意をし、かつ、本件同意をしたものである。

したがって、被告らの双方に、本件保険契約が登志美及びその遺族の福利厚生を目的とする旨の合意があり、それは、取りも直さず保険金、給付金相当額を死亡退職金、弔慰金、療養見舞金として登志美又はその相続人に支払うとの合意とみることができる。また、本件保険契約と付保規定合意とは、一方が他方を前提とする密接不可分な関係にある。

(三)  右に述べたことからすれば、登志美は、本件生命保険契約及び付保規定合意を発生根拠として、被告会社に対し、保険金、給付金相当額の支払請求権(以下「本件保険金相当額請求権」という。)を有するものと解すべきである(本件保険金相当額請求権は、保険契約上の保険金受取人の請求権である保険金請求権とは区別される。)。

(四)  本件保険金相当額請求権の法的性質は、生命保険契約の側面と労働契約の側面との双方からみることができる。

生命保険契約の側面からみれば、保険金相当額の支払請求権である。被告会社が保険金、給付金を受け取っている場合には、登志美又はその相続人は、付保規定合意によりその引渡しを求めることができる。被告会社がこれを受け取っていない場合は、債務不履行になると解すべきである。死亡診断書の未入手や保険金、給付金を受け取っていないことは、抗弁とならない。

労働契約の側面からみれば、死亡保険金は、死亡退職金、弔慰金としての性質を、入院給付金は、療養見舞金、療養援助金、病休補償金等としての性質を、それぞれ有するものである。このように解すべき根拠は、付保規定合意の二項及び従業員の福利厚生という本件生命保険契約の趣旨目的である。

(五)  本件保険金相当額請求権の金額について、付保規定合意は、以下のとおり、本件生命保険契約の内容のとおりの給付がされることを定めている。そう解さないときは、本件生命保険契約は、本来の趣旨目的を逸脱し、違法な生命保険制度が容認されることとなる。

すなわち、付保規定合意締結当時、被告会社には退職金規定及び弔慰金規定(以下併せて「退職金規定等」という。)が存在しなかった。付保規定合意は、「将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員に対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて」「保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払に充当する」ために保険契約を締結するというのであるから、右文書を素直に読めば、付保規定合意をする当然の前提として、被告会社においては、近い将来生命保険金額を上回る退職金規定等が制定され、生命保険金は、退職金又は弔慰金としてその支払に充当されると解すべきであり、これが通常人の合理的な意思解釈というべきである。従業員の死亡に伴う生命保険金を被告会社が取得するなどということは、被保険者の誰もが予想していないことである。

しかるところ、本件においては、被告会社は、退職金規定等を制定しなかった。その責任は、挙げて被告会社にある。そのような場合には、被告会社の受け取るべき生命保険金は、退職金又は弔慰金として全額被保険者の遺族に支払われるべきものである。それは、そもそも従業員の死亡を媒体として企業が利得をすることが許されないからである(合理的な理由のない限り、従業員の死亡により使用者が利得することを認めることは、賭博目的に利用される危険性等の生命保険制度のもっている危険性を助長し、生命保険制度の濫用を公認することに途を開くこととなり、公序良俗に違反する。)。加えて、付保規定合意の当然の前提ともいうべき退職金規定等が制定されないまま推移し、被保険者の死亡の時においてそれが偶々存在しなかったために、保険金をもって充当すべき退職金又は弔慰金の額を算定することができないことを理由に被告会社が保険金を取得することを認めることの不合理性は明らかであるからである。

付保規定合意のような合意がされながら、退職金規定等を設定しなかった事案について、退職金規定等のないことを理由に被保険者の勤続年数、使用者への貢献度等を考慮して被保険者の遺族への引渡金額を算定した上、その余の保険金額を使用者が取得することを容認する裁判例がある。しかし、まず、労働契約の解釈ならともかくも、保険契約、保険法の解釈としては、使用者が従業員の死亡を媒体として利得することはそもそも容認されないことであるから、右裁判例の見解は失当である。さらに、右合意の合理的な解釈の観点からみても、右のような処理を認めることは、当事者の意思と懸け離れたものであるのみならず、大量に、画一的に処理されるべき保険契約の解釈において、法定安定性を著しく害するものというべきである。

右に述べたところを付保規定合意の条項についていえば、その二項にいう「全部又は相当部分」とは、基本的には保険金の全額の意味である。ここに「相当部分」との文言が用いられているのは、例えば、使用者が葬儀費用の全部若しくは一部を負担し、又は香典等の名目で弔慰金の一部と変わらない金員を支払った場合のように、実質的にみて、使用者が退職金又は弔慰金の支払に先立ちその一部を負担していると判断される場合に保険金からその金額を差し引いた上その余の保険金を遺族に支払う場合に備えたに過ぎず、基本的には全額が退職金又は弔慰金として支払われるべきであって、退職金又は弔慰金の金額が使用者の判断に任されているものではない。

また、事業主は、受け取った死亡保険金を退職金又は弔慰金として被保険者の遺族に支払ったときは、これを損金に計上することができ、右死亡保険金については結果的には課税されないこととなるのである。したがって、右死亡保険金につき事業主に課される所得税等の税額を死亡保険金から控除した金額を退職金又は弔慰金として支払うべきこととするのは相当でない。

被告会社の主張する企業年金保険(特定退職金共済制度)は一三万〇八五〇円と極めて少額であり、本件保険契約の締結の際に予定されていた退職金ないし弔慰金制度とは別個のものと考えるべきである。

(六)  本件保険金相当額請求権の支払時期について、登志美と被告会社との間の明確な合意は見当たらないが、本件生命保険契約は、従業員の福祉、すなわち、保険金、給付金を労働契約上の死亡退職金、弔慰金、療養見舞金等として支払うことを目的とするものであるから、それに相応しい時期に支払うとの合意があったものと解釈すべきである。死亡退職金、弔慰金、療養見舞金等は、死亡退職後又は療養期間経過後相当期間内に速やかに支払われるとの事実たる慣習があり、当事者は当然それに従う意思を有していたとみるべきである。

5(一)  登志美は、肺癌に伴う諸症状により、平成五年一月三〇日から同年二月一八日まで船入病院に、同日から同年三月一〇日まで国立名古屋病院に入院し、同日死亡した。

(二)  したがって、被告会社は、被告富国に対し、三六万円の入院給付金請求権及び一五〇〇万円の死亡保険金請求権(以下併せて「本件保険金等請求権」という。)を有することとなる。

6  登志美の死亡当時、原告木下智文(以下「原告智文」という。)は登志美の妻であり、原告木下和子、同成子直子及び同木下貴代(以下併せて「原告子ら」という。)はそれぞれ登志美の子であった。原告らは、本件保険金相当額請求権を法定相続分に従い相続した。

7  被告会社は、本件保険金等請求権のほかにはみるべき資産を有しない。

8  以上によれば、登志美は、本件保険金相当額請求権として、一五三六万円の支払請求権を有し、その弁済期は死亡退職又は療養期間の後相当期間の経過した時である。原告智文は、右請求権のうち金七六八万円の請求権を、原告子らは、各自右請求権のうち金二五六万円の各請求権を、それぞれ有することとなる。

よって、原告らは、

(一) 甲事件において、被告会社に対し、本件保険金相当額請求権に基づき、原告智文につき金七六八万円、原告子ら各自につき各二五六万円及び各金員に対する弁済期の経過した後であり、甲事件訴状送達の日の翌日である平成五年九月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、

(二) 乙事件において、被告富国に対し、本件保険金相当額請求権をそれぞれ保全するため、被告会社に代位して、本件保険金等請求権のうち原告智文につき金七六八万円、原告子ら各自につき各二五六万円及び各金員に対する本件保険金等請求権の弁済期の経過した後であり、乙事件訴状送達の日の翌日である平成七年二月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を

それぞれ求める。

二  請求の原因に対する被告会社の認否及び主張

1  請求の原因1の事実は認める。もっとも、登志美は、年俸制の契約社員であった。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、付保規定文書に原告らの主張する記載のあることは認め、その余は否認する。

4(一)  同4(一)から(四)までの主張は争う。本件保険契約が、被告会社が全従業員を被保険者として締結したいわゆる事業者保険契約であることは認め、その余は否認する。本件保険契約には原告らの主張するような目的はない。原告らの主張する目的を有する保険は、被告会社も別途被告富国との間で契約している企業年金保険である。この保険制度においても、被告会社が保険料を支払い、その経理上の扱いは損金(経費)となる。原告らは、この保険の目的と本件保険契約のそれとをことさらに混同するものである。

そもそも、使用者が保険契約者となり、保険料を負担している保険契約において、当該使用者が、被保険者となるべき者の自由な同意の下に自己を受取人とすることには何の問題もない。本件保険契約締結により労働環境が劣悪になったこともなく、ましてや保険金殺人などが生じたわけでもない。

(二)  同(五)のうち、被告会社に退職金規定等がないことは認め、その余は争う。

(三)  同(六)の主張は争う。法人における代表者などの死亡保険金については、課税実務上、当該死亡保険金全額を退職金等の名目で支給してよいものではなく、功績倍率法等の計算方法によって算出された相当額についてのみ損金処理を認められるものであるから、死亡保険金全額を遺族に支払うべしとする原告らの主張は明らかに過大である。仮に、被告会社が原告らに対し本件保険契約に基づく保険金を交付すべきものとしても、その金額は、被告会社が加入している退職金共済制度を基準として算定すべきであり、登志美が被告会社に勤務した期間が僅か三年余に過ぎないことからして、最終の給与支給月額に勤務年数を乗じた金額を最大限とすべきである。

5(一)  同5(一)の事実中、原告らの主張の日に登志美が死亡したことは認め、その余は知らない。

(二)  同(二)の事実は認める。

6  同6の事実は知らない。原告らが本件保険金相当額請求権を法定相続分に従い相続したとの主張は争う。

7  同8の冒頭部分及び(一)の主張は争う。

三  請求の原因に対する被告富国の認否及び主張

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実中、付保規定文書に原告らの主張する記載のあることは認め、その余は知らない。

4(一)  同4(一)から(四)までの主張は争う。本件保険契約に基づく保険金が将来支払われた場合に、その一部が契約者であり、受取人となっている使用者に帰属することになれば、かかる企業利得を現実化させることの諸矛盾、反倫理性、反道徳的危険は著しいとの原告らの見解には賛成することができない。

(二)  同(五)のうち、被告会社に退職金規定等がないことは不知、その余は争う。

(三)  同(六)の主張は争う。本件保険契約の付保は「当該従業員に対し、死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて」されたものであり、その従業員の勤続年数あるいは支払給与額によって支給予定の退職金にそれぞれ差が出てくることが予想されることにより、「保険金の全部又は相当部分」をその支払に充当することになったものである。登志美は、被告会社に平成元年後半に入社し、平成五年初頭に入院するまでの間、右会社において実質的に稼働していた期間は僅か三年余に過ぎず、このことからみても、同人に対して支給されるべき退職金には、自ら制約がある。また、本件保険契約の保険料として、被告会社は被告富国生命に対し、登志美のために、月払保険料として、平成元年一〇月分から平成五年四月分まで合計六八万八八六〇円を支払った。この既払保険料の金額は、少なくとも請求額から控除されるべきである。

5(一)  同5(一)の事実は知らない。

(二)  同(二)は争う。被告会社が被告富国に対し保険金を請求するためには、保険金請求書に被告富国所定の死亡診断書及び入院証明書を添付することが、約款上の要件である。原告らが被告会社に対し右書類を交付しなければ、保険金の請求はできないのである。

6  同6の事実は知らない。原告らが本件保険金相当額請求権を法定相続分に従い相続したとの主張は争う。

7  同7の事実は否認する。被告富国が聞き及んだ範囲内では、契約者である被告会社は現在も営業活動を継続しており、経営危機に陥ったとか、不渡りを出したとかの話は聞いていない。

8  同8の冒頭部分及び(二)の主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1の事実は、原告と被告会社の間において争いがなく、原告と被告富国との間においては、原告智文本人及び被告会社代表者の各尋問結果によって認められ、同2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件保険金相当額請求権の成否(請求の原因3、4)について

1  請求の原因3の事実のうち付保規定文書に原告らの主張する記載のあることは当事者間に争いがない。また、同4(五)のうち被告会社に退職金規定等がないことは原告と被告会社の間において争いがなく、原告と被告富国との間においては、原告智文本人及び被告会社代表者の各尋問結果によって認められる。

2  本件保険金相当額請求権については、原告らはこれを本件保険契約と付保規定合意との双方を発生根拠とするものであると主張し、その法律上の性質についても、労働契約の側面と生命保険契約の側面とからみることができ、前者においては退職金、療養給付金等の請求権の、後者においては保険金等の引渡請求権の性質を有すると主張する。

3  よって検討するに、本件保険契約は、前記のとおり、被告会社を保険契約者、被告富国を保険者とする契約であり、契約当事者は被告会社と被告富国であって、登志美は、その被保険者とされたにとどまるものであるが、被保険者は、その生死が保険事故とされる者であり、あたかも、損害保険の「保険の目的」であって、当該生命保険契約上、権利を有し、義務を負うことはない。

もっとも、商法六七四条一項、二項は、他人の生命の保険のうち当該他人(被保険者)の死亡によって保険金額の支払をすることを定める保険契約には当該他人の同意のあることを要することとし、右保険契約によって生じた権利の譲渡にも同様に同意を必要としている(本件保険契約は相互保険であるが、商法六八三条一項によって準用される同法六六四条によれば、営業として引き受けられる生命保険に関する同法の規定は、相互保険である生命保険に準用される。)。

しかしながら、これは、かかる保険契約は、保険金取得目的の違法行為の誘発、被保険者の人格権の侵害等をもたらす危険性を蔵することから、被保険者となるべき者の同意を求めることによって、右の危険性を除去しようとする趣旨に出たものと解されるのであり、右保険契約の被保険者をして、当該保険契約の当事者又はこれに準ずる地位に立たせ、あるいは当該保険契約の効果として、権利を取得させ又は義務を負わせる規定とは解し得ない。

原告らの主張するとおり、本件保険契約と付保険規定合意とは、一方が他方を前提とする密接不可分な関係にあるが、付保規定合意自体が、本権保険契約の内容となるものではないから、登志美又はその相続人が、本件保険契約それ自体によって権利義務を有するものではない。

原告らはまた、被告富国も本件保険契約が登志美及びその遺族の福利厚生を目的として締結するものであることを認識し、本件保険契約を締結したと主張する。

甲第一号証の二、証人松野香代子(以下「松野」という。)の証言によれば、付保規定文書は本件保険契約の締結に先立ち被告富国に提出されていることが認められ、被告富国が本件保険契約に基づき支払われる保険金の全部又は相当額が死亡退職金又は弔慰金の支払に充当されるものであることは認識していたと解されるが、付保規定合意は、生命保険契約との関係においては、他人の生命の保険契約締結に必要な他人の同意を確認する文書に過ぎないのであって、被告富国が付保規定文書を認識して、本件保険契約を締結したとしても、登志美又はその相続人が、本件保険契約それ自体によって権利義務を有するものではない。

そうすると、本件保険金相当額請求権の発生に関する原告らの主張は、本件保険契約を根拠とする限りにおいて失当である。

4(一)  原告らは、前示のとおり本件保険金相当額請求権につき、その発生根拠の一つとして付保規定合意をも挙げ、その法的性質は退職金、療養給付金等の請求権とみることもできると主張する。

一般に、被用者の使用者に対する退職金、弔慰金、療養給付金等の請求権は、使用者と被用者の間の雇用契約上の合意、就業規則又は労働協約を根拠として発生するものである。登志美が被告会社の被用者であったことは当事者間に争いがない。

(二)  甲第一号証の二・三、第三二号証の三、乙第一号証、丙第一号証の一、第二、第三号証、調査嘱託の結果(第二回)、証人松野の証言、被告会社代表者尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 付保規定文書は、保険契約者が被保険者の押印を得た上被告富国に差し入れる体裁となっているが、以下の事項が記載されている。

ア 被告会社は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員に対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて、従業員を被保険者とし、被告会社を保険受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。

イ この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払に充当するものとする。

ウ この規定に基づき生命保険契約を締結するに際して、被告会社は、被保険者となる者の同意を確認する。

(2) 付保規定文書が徴されるようになった経緯は、企業が締結していた事業主受取契約の死亡保険金支払に関し、その保険金が被保険者の遺族に全く支払われないことに起因する紛争が発生したため、主務官庁である大蔵省は、事態を重くみて、生命保険業界に対し、昭和五八年ころ、従業員の生命に関する契約でありながら、従業員の遺族に全く保険金が支払われないような保険は問題であるなどの指摘をしたことから、保険者各社は、その対策として、同年五月ころから、事業主受取契約のうち従業員を被保険者とする個人保険契約については、当該被保険者に付せられた保険金額の全部又は相当部分が死亡退職金又は弔慰金として支払われる旨の社内規定例案の写しを徴収するなどの措置を講ずることとした。

(3) 被告富国が付保規定文書を徴することとしたのも、このような経緯に基づくものである。

(三)  右によれば、付保規定文書は、死亡退職金又は弔慰金の支給の根拠となる雇用契約上の合意が存在することを、被告会社と登志美とが確認した上、これを保険者である被告富国に告げる趣旨の文書ということができる。

右の付保規定文書の趣旨に加え、後記4のとおり、登志美は、被告会社において重要な業務に恒常的に従事し、その対価として相当に高額の給与の支給を受けていたものであるから、被告会社代表者としても、同人の退職に当たっては退職金を支給すべきものと考えていたと推認するのが相当であるから、被告会社と登志美との間において、両名間の雇用契約に関連して退職金ないし弔慰金の支給の合意がされたものと認めるのが相当である。

もっとも、付保規定文書が、登志美が療養のため休業した場合の給付、なかんずく本件保険契約に基づく入院給付金について直接言及するところがないことからすると、付保規定合意が、本件保険金相当額請求権のうち、療養給付金の請求権の根拠となるものとは解し難い(療養給付金の請求権の根拠となるべきほかの事実の存否については後に説示する。)。

また、甲第二号証、第一六号証の一・二、乙第二号証によれば、被告会社は、名古屋商工会議所が行う特定退職金共済制度に加入していたが、同制度は事業者の全額負担で、全従業員を包括して加入させるものであること、原告らは、右制度に基づく退職一時金の請求をし、平成五年一〇月一三日一三万八五〇円を受領したことが認められる。しかし、被告会社が右制度に加入した趣旨は、被告会社の従業員の退職金は右の制度から支給される退職一時金のみであるとすることにあるとは解することができないので、原告らが右金員を受領したことは、右認定判断の妨げとなるものではない。

5 次に、本件保険金相当額請求権のうち退職金請求権の金額について検討する。退職金請求権の根拠とされる付保規定合意は、右退職金請求権の金額又はその算定方法について明確な定めを置いていないので、その金額については、登志美の被告会社における地位、職務、貢献度、給与の額等の事実のほか、退職金の原資に関連する事情として、本件保険契約の趣旨目的、保険金額、保険料の額、保険金に対して課せられる税額等をも考慮して、付保規定合意の趣旨に従って社会通念上相当な金額をもってこれを認定するべきである。

甲第二、第一一、第一二号証、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一ないし三、第二〇、第二三、第三四号証、乙第三号証、証人松野の証言及び被告会社代表者尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社の業務内容、規模

被告会社は昭和五〇年に設立された、土木設計計画等の請負を業とする会社であり、資本の額は、昭和五五年一〇月一日以来二五〇万円である。従業員は、多いときで七、八人、おおむね五人程度であった。もっとも、平成二年当時被告会社代表者とアルバイト従業員を含め一一名であった。

(二) 登志美の経歴、被告会社における地位、職務、貢献度、給与等

(1) 登志美は、昭和三二年測量士の資格を取得、昭和三三年以降、八洲測量株式会社、東測工業株式会社、三和建設コンサルタンツ、東洋設計株式会社、明和コンサルタント株式会社に順次勤務し、昭和六〇年五月からは個人で設計業を営んでいたが、平成元年七月ころ被告会社に年俸制の社員として入社した。

同人は、被告会社から設計部長の肩書を付与され、土木構造物の設計計算、図面作成等に従事していた。同人の被告会社における実質勤務期間は、約三年七か月で、その間、超過勤務を繰り返すなど、その勤務は相当に強度のものであった。

(2) 登志美は、被告会社から年俸として合意された金額を月割にした金額を毎月給与として支給されていたが、源泉徴収票上給料、賞与の支払金額は、平成二年度が八七六万円、平成三年度が九二一万三〇〇〇円、平成四年度が一〇三七万一〇〇〇円である。

(三) 本件保険契約に基く保険料、保険金、税務等

(1) 本件保険契約に係る死亡保険金の額は一五〇〇万円であり、月払保険料の額は一万六〇二〇円である。被告会社は、右月払保険料として、合計六八万八八六〇円を支払った。

(2) 被告会社は、登志美以外の従業員についても本件保険契約と同種の定期保険契約を締結しているが、右の定期保険契約は期間は一〇年で、死亡保障のみを目的とした掛捨保険で、満期時に支払われる保険金はない(ただし、入院給付金特約付きである)。

(3) 課税実務上、本件保険契約に基づき被告会社が支払った保険料はその全額を損金として計上することができる。

(4) 被保険者である被用者が死亡し、その死亡保険金を使用者が受け取り、これを死亡退職金又は弔慰金として支払った場合は、その支払額が、社会通念上妥当なものであれば、右使用者は、これを損金に計上することができる。

(5) 相続税の課税上、弔慰金は社会通念として妥当と認められる金額まで非課税である。業務外における死亡の場合、死亡時における給与の六か月分に相当する金額は、原則として弔慰金と認定され、右金額を超える部分は退職金と認定される。退職金は法定相続人一人につき五〇〇万円までが非課税とされている。

右認定に反する被告会社代表者尋問の結果は措信しない。

右によれば、登志美は、鉄道施設等の設計、測量に多年の経験を有する熟練の技術者であり、その業務も繁劇であったことが認められるが、他方、その勤続年数がいまだ三年七か月程度にとどまっていたことからすれば、同人が被告会社に対し際立った貢献の実績を挙げたとまでいうことは困難である。

また、被告会社の規模、登志美の被告会社における地位、年収、勤続年数からすると、一般的に高額の退職金を期待できたとはいえない。

しかし、本件保険契約は、死亡退職金又は弔慰金の支払や従業員の福利厚生を目的とし、かかる趣旨のもとに登志美の同意を得て締結されたものであり、従業員の死亡により使用者が保険金によって大きな利得を得る結果となることは付保規定合意の趣旨を没却することになり、許されないことであって、この観点からは、一般の退職金水準を超える高額の退職金となったとしても、やむを得ないというべきである。

また、弔慰金、死亡退職金の非課税範囲は前記認定のとおり、相当広範囲に及んでおり、相当高額な退職金、弔慰金も、税務上社会的に相当とされる場合があり、死亡退職金が高額となっても、必ずしも不合理でない。

ただし、被告会社が本件保険契約のために支払った保険料は、これを控除すべきであるし、また、被告会社は登志美以外の従業員についても同様の保険契約を締結し、これらの保険契約によって、被告会社の退職金制度が維持されており、本件保険契約は被告会社の退職金制度の一部をなすものということができるから、被告会社が退職金制度を維持していくために相当の費用を支出していることも考慮されるべきである。

以上、諸般の事情を併せ考慮すると、本件保険金相当額請求権のうち、退職金請求権の金額は、前記の退職金共済に基づく退職一時金として既に支給された一三万八五〇円のほか、一二〇〇万円をもって相当と認める。

6(一)  原告らは、付保合意文書を素直に読めば、被告会社において近い将来生命保険金額を上回る退職金規定等が制定され、生命保険金は退職金又は弔慰金としてその支払に充当されると解すべきであり、これが通常人の合理的な意思解釈であるとも主張する。

しかしながら、退職金の額は、これを明示した合意がある場合は格別、そうでない場合には、その性質上、その支給を受ける被用者の地位、職務、勤続年数、使用者に対する貢献の度合に応じ、又はこれを要素とした算定基準に従ってその額が決定される筋合のものであって、これらの要素を無視し、専ら、その原資に関する事情にとどまる事柄、例えば原告らの主張する本件保険契約に係る保険金の額に依拠して退職金の額を定めることは、退職金の性質に反するものというべく、雇用契約の当事者の合理的意思にも副うところではない。この理は、弔慰金についても同様に当てはまる。

(二)  原告らは、付保規定合意の当然の前提ともいうべき退職金規定等が制定されまいまま推移し、被保険者の死亡の時においてそれが偶々存在しなかったために、保険金をもって充当すべき退職金又は弔慰金の額を算定することができないことを理由に被告会社が保険金を取得することを認めることの不合理性は明らかであるとも主張する。

付保規定合意の文言上退職金の額に関する明確な定めがなくとも、その趣旨に従って退職金の額を認定すべきことは、先に説示したとおりであるから、右主張はその前提を欠く。

(三)  原告らはさらに、付保規定合意のような合意がされながら、退職金規定等を設定しなかった場合に、退職金規定等のないことを理由に被保険者の勤続年数、使用者への貢献度等を考慮して被保険者の遺族への引渡金額を算定した上、その余の保険金額を使用者が取得することを容認することは、労働契約の解釈ならともかくも、保険契約、保険法の解釈としては、使用者が従業員の死亡を媒体として利得することはそもそも容認されないことであるから、失当である、右合意の合理的な解釈の観点からみても、右のような処理を認めることは、当事者の意思と懸け離れたものであるのみならず、大量に、画一的に処理されるべき保険契約の解釈において、法定安定性を著しく害するものであると主張する。

しかしながら、先に説示したとおり、本件保険金相当額請求権のうち退職金請求権の発生根拠となり得るのは、本件保険契約ではなく、雇用契約上の合意としての付保規定合意であるから、退職金の額の認定は、雇用契約の解釈適用の問題であると考えられるのであり、これを生命保険契約又はこれに関する法令の解釈の見地から論ずることや、これを理由として大量画一処理の必要性をいうこと自体が当を得ないというべきである。その点は措くとしても、生命保険契約又はこれに関する法令の解釈としても、商法は、一般に他人の生命の保険に係る保険金を保険契約者が利得することを容認しないとの態度をとってはいけないのであるから、原告らの主張は、いずれにせよ採用することができない。

(四)  原告らは、付保規定合意二項にいう「全部又は相当部分」とは、基本的には保険金の全額の意味であり、「相当部分」とは使用者が退職金の支払に先立ちその一部を負担していると判断される場合に保険金からその金額を差し引いて支払う場合に備えたに過ぎないと解すべき旨の主張をもする。

しかしながら、退職金の発生根拠について以上に説示したところに立ってみると、付保規定文書が本件保険契約に基づく死亡保険金の「全部又は相当部分」が死亡退職金に充当されるべきであるとしたのは、退職金の額は、就業規則、雇用契約上の合意等のその発生根拠となるものの解釈によって決定されるべきこととを前提として、そうである以上、そのようにして決せられた金額は、右死亡保険金の額と当然に一致するものではないことから、その「全部又は相当部分」を退職金に充てるべきこととしたものと解されるのであって、それ以上に死亡退職金の額を定めようとする趣旨までを含むものではない。

このように解しても、右文言の字句を離れるものではないし、退職金の額の決定を使用者の恣意に任せることにもならない。よって、原告らの右主張も採用することができない。

(五)  他方、被告会社は、登志美に対する死亡退職金の額は、前記退職金共済に基づく退職一時金の額を基準とすべきであるとの主張をする。しかしながら、右金額は、前認定のとおり一三万八五〇円であって、登志美の被告会社における地位、職務、貢献度、給与の額に照らし、退職金の額としては低きに失するものといわざるを得ない。

7  以上によると、登志美は、被告会社に対し、金額一二〇〇万円の退職金請求権を有していたものというべきこととなる。

しかして、その弁済期について、付保規定合意は明確には定めていないが、その趣旨及び退職金請求権の性質によって考えると、被告会社は、登志美が死亡し、よって被告会社を退職した後相当期間内にこれを支給すべきであり、被告会社の退職金支払義務は、右相当期間の経過した時から遅滞に陥るものと解すべきである。

三  療養給付金請求権(請求の原因5)について

1  請求の原因5(一)の事実中原告らの主張の日に登志美が死亡したことは、原告と被告会社の間において争いがなく、原告と被告富国との間においては、原告智文本人及び被告会社代表者の各尋問結果によって認められる。

2  療養給付金に対する原告らの請求権の存否について検討する。

甲第一号証の七、第三号証、乙第一号証、証人松野の証言、被告会社代表者尋問の結果及び前記争いのない事実によれば、

(一)  本件保険契約に付された入院給付金特約は、従業員の入院の場合にこれを支給することにより、従業員が安んじて被告会社の業務に精勤することができるようにするとの趣旨に出たものであること

(二)  被告会社においては、この種の入院給付金は被告会社がいったん受け取った後にその全額を当該従業員に引き渡す例となっていること

が認められ、右の事実と弁論の全趣旨とを併せ考えると、本件保険契約が締結されたころ、被告会社は、登志美に対し、同人が病気により入院した場合には、療養給付金として、入院日数から入院開始日を含めて四日を差し引いた日数につき一日五〇〇〇円の割合による金員を支払うこと、同人が成人病により入院した場合には、右日数につき一日当たり五〇〇〇円の割合による金員を療養給付金に加算して支払うことを約したものと推認するのが相当である。

3  甲第八号証の一ないし四、第九、第一〇号証、原告智文本人尋問の結果によれば、登志美は、糜爛性胃炎、肝腫瘍の疑い及び肝炎により平成五年一月三〇日から同年二月一八日まで船入病院に入院し、原発性肺癌、肝転移により同日から同年三月一〇日まで国立名古屋病院に入院したことが認められる。

右によれば、登志美は、成人病により入院したことが明らかであるから、被告会社は、登志美に対し、療養給付金として、右入院日数から入院開始日を含めて四日を差し引いた日数である三六日につき一日五〇〇〇円の割合による金員に、右日数につき一日当たり五〇〇〇円の割合による金員を加算して支払うべきであり、登志美は、被告会社に対し、三六万円の療養給付金請求権を有していたこととなる。

なお、被告会社は、登志美の入院が終了した後相当期間内に療養給付金を支給すべきであるから、被告会社の療養給付金支払義務は、右相当期間の経過した時から遅滞に陥るものと解すべきである。

四  原告らの相続(請求の原因6)について

請求の原因6のうち登志美の死亡当時原告智文は登志美の妻であり、原告子らが登志美の子であったことは、原告と被告会社の間において争いがなく、原告と被告富国との間においては、原告智文本人及び被告会社代表者の各尋問結果によって認められ、弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件保険金相当額請求権を法定相続分に従って相続したものと認められるから、原告智文は、退職金請求権のうち六〇〇万円の部分及び療養給付金請求権のうち一八万円の部分を有し、原告子らは、退職金請求権のうち各二〇〇万円の部分及び療養給付金請求権のうち各六万円の部分をそれぞれ有することとなる。

五  甲事件のまとめ

以上によれば、甲事件の請求(被告会社に対する請求)は、本件保険金相当額請求権に基づき、

1  原告智文につき退職金請求権のうち六〇〇万円の部分及び療養給付金請求権のうち一八万円の部分の合計金六一八万円、

2  原告子ら各自につき退職金請求権のうち各二〇〇万円の部分及び療養給付金請求権のうち各六万円の部分の各金二〇六万円

並びに各金員に対する前示弁済期の経過した後であることが明らかであり、甲事件訴状送達の日の翌日である平成五年九月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は理由がない。

六  本件保険金請求権の成否(請求の原因5(二))について

本件保険契約締結の事実、登志美の死亡の事実は当事者間に争いがなく、右の事実に右三3の認定事実を併せ考えると、被告会社は、被告富国に対し、本件保険契約に基づく死亡保険金として一五〇〇万円の、疾病入院給付金及び成人病入院給付金として合計三六万円の各請求権を有している。

被告富国は、被告会社が被告富国に対し保険金を請求するためには、保険金請求書に被告富国所定の死亡診断書及び入院証明書を添付することが約款上の要件とされていると主張する。

甲第一号証の七によれば、本件保険契約の約款には、以下の条項があることが認められる。

1  本件保険契約に係る死亡保険金について、支払事由が生じた保険金の受取人は、別紙書類目録一記載の請求に必要な各書類(以下「本件死亡関係書類」という。)を提出して保険金の支払等を請求すること

2  右死亡保険金は、事実の確認に特に時日を要する場合のほかは、本件死亡関係書類が被告富国に到着してから五日以内に支払われること

3  本件保険契約に係る入院給付金についても、同様に、支払事由が生じた保険金の受取人は、別紙書類目録二記載の請求に必要な各書類(以下「本件入院関係書類」という。)を提出して保険金の支払等を請求すること、

4  右入院給付金は、事実の確認に特に時日を要する場合のほかは、本件入院関係書類が被告富国に到着してから五日以内に支払うこと

しかし、これらの条項は、保険金請求の方式及び保険金支払義務の弁済期について定めるものであって、保険金請求権の発生のための手続上の要件を定めたものとは解し難いから、本件保険契約に基づく保険金請求権は、所定の保険事故の発生によって成立するものと解すべきである。

したがって、被告富国が右に主張するところによって本件保険金請求権が成立していないとはいえず、被告富国は、被告会社が本件死亡関係書類を提出したときは本件保険金請求権に係る死亡保険金を、被告会社が本件入院関係書類を提出したときは本件保険金請求権に係る入院給付金を支払わなければならない。

七  保全の必要性(請求の原因7)について

被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、本件保険金請求権のほかにはみるべき資産を有しないものと認められ、原告らは、自己の債権である本件保険金相当額請求権を保全するため、それぞれの請求権の金額の限度において、債務者である被告会社の権利を行う必要性があるものというべきである。

八  乙事件のまとめ

以上によれば、原告らは、それぞれの請求権の金額の限度において、被告会社が被告富国に対して有する本件保険金請求権を行使することができることとなる。

もっとも、原告らは、被告会社が被告富国に対し本件各書類を提出した旨の主張立証をしないので、本件保険金請求権に基づく請求を無条件に認容することはできず、被告会社が被告富国に対し本件死亡関係書類を提出したときは被告富国は本件保険金請求権に係る死亡保険金を、被告会社が被告富国に対し本件入院関係書類を提出したときは被告富国は本件保険金請求権に係る入院金を、それぞれ支払うべき旨を命じ得るにとどまる。

また、本件保険金請求権は、弁済期が経過していないので、その遅延損害金は、未だ発生していないこととなる。

したがって、乙事件の請求(被告富国に対する請求)は、

1  被告会社が被告富国に対し本件死亡関係書類を提出したときに

(一)  原告智文につき金六〇〇万円及びこれに対する平成五年九月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で

(二)  原告子ら各自につき各金二〇〇万円及びこれに対する平成五年九月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で

理由があり、

2  被告会社が被告富国に対し本件入院関係書類を提出したときに

(一)  原告智文につき金一八万円及びこれに対する平成五年九月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

(二)  原告子ら各自につき本件保険金請求権のうち同じく各金六万円とこれに対する平成五年九月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

ただし、被告富国に対する本件保険金請求権は未だ弁済期が到来していないことは前記のとおりであるから、原告らが代位することができるのは総額一五三六万円を限度とする。

九  結語

よって、甲事件の請求(被告会社に対する請求)は、前記五に説示した限度においてこれをいずれも認容し、その余をいずれも棄却し、乙事件の請求(被告富国に対する請求)は、右八に説示した限度においてこれをいずれも認容し、その余をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

なお、原告らの文書提出命令の申立て(平成七年(モ)第七五五号)は、必要がないからこれを却下することとする。

(裁判長裁判官青山邦夫 裁判官長屋文裕 裁判官金子隆雄は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官青山邦夫)

別紙書類目録<省略>

別紙保険契約目録<省略>

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